他人の領域
 トイレに入って、ウォシュレットが有るか無いか。まぁ勿論、有ったほうが良い。でもそれは、トイレ自体が新しいかどうかの問題であって、ウォシュレットを使うかどうかは別の話だ。もし、そこいらの公衆トイレにウォシュレットが付いていても、まず使うことは無いだろう。シティホテルなどのピッカピカなトイレなら使うかも知れないが、お尻を洗うって機能を不特定多数の人が共有するのだと思うと、どうにも尻心地が悪くっていけない。『お尻を洗う機能』はもっとプライベートなものであって欲しい。
 
 じゃあ、友人宅等にお邪魔したとき、もよおしたとしたら…? さぁ、ここからが問題だ。まぁ余所様の家で大きい方をしようと言うのだから、既に充分図々しいのだが、ウォシュレットを使うか否か? となると更にシビアな問題となる。この場合、友人宅の住人ではない人間、つまり自分自身が不特定多数の構成員となってしまう。これはいけない。不特定多数の人間が、余所様の家のプライベートな部分『お尻を洗う機能』を使う。機能にせよ行為にせよ、それって如何なものだろうか? 立場を入れ替えて自分の家だとしたなら…ちょっと嫌な気がする。
 
 でも、この『嫌』ってのも、友人の友人具合によるものだったりするから、尚始末が悪い。近しい友人なら「何そんなこと気にしてんねん、アホか?」ってなもんだが、ちょっとした知り合いくらいなら…やっぱりちょっと嫌な気がする。そして、また立場を入れ替えてみる…その友人にとって自分はどの程度の友人なのか? 友人は何とも思わないかも知れないが、その奥さんは? 両親は? どう思っているんだろう? 果たしてウォシュレットを使える仲だろうか?
 
 せめてもの礼儀として、水力の調整ツマミくらいをキチンと元に戻せば…あるいは。などとも考えてみるが、やはり余所様の家でウォシュレットは使えないのである。そこにはきっと他人が踏み入ってはならない領域があるのだから。
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by ajicoba | 2006-06-06 05:32 | エッセイ
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アジコバの考える毎日
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