カテゴリ:エッセイ( 58 )
『自称』
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 ニュース番組や新聞なんかで、容疑者の肩書きに『自称・会社員』や『自称・飲食店経営』『自称・建築作業員』といったような、職業『自称・○○』っての をよく見掛ける。どうにも胡散臭い。『会社員』でも『自称』になってしまった時点で、充分に胡散臭いんだけど、『自称』が付くことで、もっと恐ろしく胡散 臭い肩書きに化けてしまう職業もある。

 そもそもが胡散臭いのに『自称』が付くことで怪しさ倍増の『自称・占い師』や『自称・霊媒師』。 元の肩書きとのギャップが有り過ぎて、胡散臭いより何より「いやいや、ウソなんでしょ?」と疑ってしまう『自称・会社役員』や『自称・大学教授』『自称・ 資産家』。胡散臭いとか言う以前に『自称』である意味がわからない『自称・無職』や『自称・家事手伝い』。 そして、一見シュッとして格好良さそうな横文字の職業『コンサルタント』『ファイナンシャルプランナー』『フードコーディネーター』『パティシエ』『システムエンジニア』『コラムニスト』『スタントマン』『マジシャン』…。どんな横文字の職業も『自称』が付いた途端に、この上なく胡散臭い肩書きになってし まう…。

 そう思って考えてみると、これって他人事ではない…。万が一、僕が何かしら犯罪をやらかした場合はどうなるんだろう? と思うとゾッとする。『自称・グラフィックデザイナー』って、とんでもなく胡散臭いじゃないか !? これはいけない…。まじめに、まじめに生きて行こうと思います…。
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by ajicoba | 2012-03-23 18:23 | エッセイ
未確認生物の恐怖
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 一人で穏やかな海を眺めていたりすると、いつも思うことがある。「ネッシーみたいな生き物がピョコンと首を出して、ポチャンと消えたらどうしよう…」。もしも、そんな生き物をうっかり目撃してしまったら…。心配で心配で仕方ない。
 
 きっと僕は血眼になって、いろんな人にその出来事を話すだろう。そして「どうせクジラか何かの見間違いでしょ?」とか「はいはい、そうですか」とか何とか軽くあしらわれる。たとえ誰一人信じてくれなくても、自分だけの真実として、グッと堪えることができれば良いんだけど、きっとそうはいかない…。「本当だと証明してやる!」そう決心した僕は、ネッシーのような生き物を勝手に『コバッシー』なんて呼び始めて、家族も友人も仕事も顧みず、私財をも投げ打って『コバッシー』の捕獲に、人生の全てを捧げてしまうことになる…。

 どんなに社会的地位のある堅実な人だろうと『金星人』とか『ツチノコ』とか言い出した時点で、もうダメな気がするのに、まして僕みたいな根無し草が『コバッシー』なんて言い出したらどうなるのか? 考えただけで恐ろしい…。

 たとえ若いうちは「家族のため、生活のため」と自分に言い聞かせて、自制することができたとしても、歳を重ねるにつれ、胸に秘めたあのときの『コバッシー』が再び首をもたげる日が必ずやって来る。孫や近所の子供達を集めては言うだろう「お爺ちゃんは若いときにコバッシーを見た」と。そしてこう噂される「小林さんのお爺ちゃんもいよいよだ」と…。

 未確認生物なんて見てしまったがために、こんなにも酷い目に遭う。だからどうかお願いします。『ネッシー』も『金星人』も『ツチノコ』も『イエティ』も『ヒバゴン』も『チュパカブラ』も僕の前には決して現れないでおくれ。
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by ajicoba | 2012-03-07 16:35 | エッセイ
ニックネームとグローバル
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 グローバル化も進んだもので、友人主催の集まりなんかに行くと、ごく普通に外国の人も来ていたりする。友人に紹介されて「Nice to meet you !」なんてことを言うんだけど、その後がいつも少々困りもの。

 友人の集まりっていうフランクな場だし、何より相手は外国の人なので、どうせなら呼びやすく覚えてもらいやすいように、ファーストネームで自己紹介したいところ。だけど、そもそも僕のことを『ノリ』という下の名前で呼ぶ友人・知人は一人もいない…。『コバ』『コバヤン』もしくは『小林くん』『小林さん』である。それを相手が外国の人だからって、急に「Hi I'm NORI !」なんて言うのは、なかなかにこっ恥ずかしいものがある…。周りの友人に「一回も『NORI』なんて呼ばれたことないじゃん…」って思われるかも知れないし、後々の談笑のひととき、外国の人にも「コイツさっき『NORI』って名乗ったくせに『コバヤン』って呼ばれてるじゃん…」って思われるかも知れない…。だからと言って「I'm KOBA !」や「I'm KOBAYAN !」って言うのにも、結構な勇気が必要だし、「I'm コバヤァシィ」なんて「パイナポォ」と同じくらい恥ずかしい…。

 なので、いつも「Nice to meet you 小林です…」って、もはや「カールスモーキー石井です…」みたいな、何だかよくわからない自己紹介になってしまう…。下の名前がそのままニックネームになっている人がモノ凄く羨ましい、グローバル社会の今日この頃。
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by ajicoba | 2012-02-21 19:26 | エッセイ
病気とオノマトペ
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 ちょっと前にインフルエンザで酷い目に遭ってから、何だか未だに喉の調子がおかしい…。軽い咳払いや、息を吐いたときに、少し痰が絡む変な感じ。『ゴロゴロ』でも『ゼーゼー』でもないし、『イガイガ』でもなければ『ゲロゲロ』でもない。身体の違和感を上手く表現できないままでは、ちゃんと症状としても認識できないようで、何だか妙に心許ないものです。

 そんなとき、家にあった『家庭の医学』的な本をパラパラと見ていたら、育児関連のページから、この文字が目に飛び込んできた。『赤ちゃんの咳・ゼロゼロ』。育児経験もないので、世の中に『ゼロゼロ』なんて擬音・擬態語があることすら知らなかったし、喉に違和感がある今じゃなかったら「なに? ゼロゼロってなに? 怖い怖い怖いッ、ゼロゼロ怖いッ」ってなっていたと思うけれど、今回ばかりは目からウロコ。まさに僕は『ゼロゼロ』しています。

 まぁ『ゼロゼロ』は少し気管が炎症をおこしている程のことらしいので、これで一安心なんだけど、『ゼロゼロ』が軽い症状の表現なのに、『シクシク』が胃ガンや大腸ガンの可能性アリって、何だか違和感あるなぁ。『シクシク』じゃ検査にも行かないよ。もっと怖〜いのにしてくれないと…。いっそ、医学会の顧問にジョジョの荒木先生でも招いて、擬音・擬態語の改革をすれば良いのに。胃が『ウジュルウジュル』したら、すぐ病院に行くでしょ?
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by ajicoba | 2012-02-02 15:13 | エッセイ
年上の○○ちゃん
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 年始の集まりなんかで、永らく会っていなかった遠い親戚に出くわすと、少々困ってしまうことがある。

 どこの親戚にも必ず一人は、皆から『サトちゃん』ってな具合に『ちゃん』までを含めたニックネームで呼ばれているオジサンがいたりするもの。そして、大抵そういうオジサンに限って、少々ヤンチャな風貌で、どういう関係の親戚なのか謎だったりする…。幼少の頃は「サトちゃん、サトちゃん」なんて言っては、よく遊んでもらっていたらしいのだが、時の流れとは恐いもので『サトちゃん』は、とっくにヤンチャなオジサンを通り越して、すっかりオジイサンに突入している…。そんな人を『サトちゃん』などと『ちゃん付け』で呼べるだろうか?

 こちらとしても、もう大人になったんだから、年上の人、目上の人は、きちんと『○○さん』と呼ばなくてはいけない身の上である。でも、そうは言うものの、昔は親しみを込めて『サトちゃん』と呼んでいた人を急に畏まって『○○さん』って呼ぶことにも、些かの違和感があるし、それ以前に『○○さん』と名前で呼ぼうにも『サトちゃん』が『サトルさん』なのか『サトシさん』なのか、或は『サトウさん』なのかを僕は一度も聞かされないまま、いまに至っている…。一体、何と呼べば良いのだろうか? さぁ、困った…。

 『サトちゃん』の『ちゃん』に抵抗があるんだから、『ちゃん』を『さん』に換えてみようか?とも思うけれど、『サトちゃん』と『サトさん』では、もはや全くの別人物になってしまうような気がする…。親戚一同が「サトさんって誰?」って、変な空気になっちゃうかも知れないし、下手したら「シャチョサンって誰?」って、もっと変な空気になっちゃうかも知れない…。

 まぁ、あれこれと悩んだ末『サトちゃんさん』っていう、もう正解なんだか不正解なんだか、何だかよくわからない呼び方になってしまう…。そろそろ、親にちゃんと家系図を描いてもらおう。
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by ajicoba | 2012-01-07 03:45 | エッセイ
枕の下の宝物
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 3歳になる甥っ子が「良い子にしてたら、サンタさんがミニカーをくれる」と言っていたので、あくまでもサンタさんからということでミニカーをあげた。ちなみに、悪い子だったら、サンタさんからダンゴムシが一匹届く予定だったらしい…。どうやら、無事に届いたミニカーを気に入ってくれたようで、布団に入っても大事そうに枕の下に置いて寝ていると、お義姉さんから連絡があった。ダンゴムシじゃなくて良かったね。

 そう言えば、僕もお気に入りのミニカーや超合金のおもちゃを、枕の下に置いて寝る子だったな…。宝物は全部、枕の下へ。カブトムシと一緒に寝るのだけは、オカンに阻止されたけれど…。そして、相も変わらず今も同じことをしている…。さすがにもう大人なので、枕の下にミニカーは置かないし、カブトムシを布団に持ち込もうとはしないけれど、ベッドサイドの手が届くところには、愛用の時計、万年筆、手帳、ナイフ、ジッポの他、デジカメやDSなんかが必ず置いてある。ときには、新しく買った靴やサングラス、工具やゴルフパターなんかまで、枕元に持って行きそうになるんだから、なかなかの困りもの。子供の頃から全く成長していないってことじゃなかろうか? このままで良いのか? 随分と不安になったりもする…。

 甥っ子が枕の下にミニカーを置いて寝ることを、お義姉さんはとても不思議がっていたし、嫁さんに聞いてみても、そんな経験はないとのこと。こんなことするのって、男の子だけの習性で、女の子はあんまりしないんでしょうかね? 不思議だな〜。
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by ajicoba | 2011-12-28 21:58 | エッセイ
人に歴史あり
 
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 週に一度か二度、隣のおじいさんから釣りたての魚をいただきます。釣りが趣味で、暑かろうが寒かろうが、毎日朝夕近くの海岸まで釣りに行くおじいさん。すっかり師走、そろそろメバルが釣れだす季節です。

 いまでこそ、毎日釣り三昧のおじいさんだけど、阪神淡路の震災をきっかけにお店を畳んで引退されるまでは、明石海峡を行き来する、外国航路の船乗りさん御用達の仕立て屋さんだったとのこと。神戸港に入った船乗りさん達が、わざわざ明石まで採寸・オーダーに来て、毎日朝から夜中まで忙しくお仕事されていたそうなので、腕の良い職人さんだったんでしょう。動物好きで、船乗りのお友達から、航海中のペットの世話をよく頼まれたそうで、犬や猫はもちろん、中には船乗りさんが外国から連れて帰って来た、いまではワシントン条約に引っ掛かってしまうような、珍しいオウムや猿なんかも飼われていたんだとか。

 戦後から昭和の中頃、ファストファッション全盛で、何でも流行に合わせて安く手に入るいまとは違って、高価だけど一着一着誂えられた服が、一生モノとして大切にされた時代。服ひとつを取っても、作り手の思い、着る人の思い、いろんな思いが詰まっているようで、厳しくも素敵な時代だったんだろうなと思います。

 自分の腕一本で家族を養って、老後はひ孫や家族に囲まれ、毎日のんびり釣り三昧。何だかめちゃめちゃ格好良い。憧れちゃいますね。
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by ajicoba | 2011-12-16 16:46 | エッセイ
車と生活設計
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 男なら一度は超高級な輸入車に乗ってみたいとは思うもの。だけど、夢は夢、現実は現実ということで、いまは国産のいわゆるコンパクトカーってやつに乗っている。ダイビングやキャンプに行くときに、少々トランクが狭いってのはあるけれど、いまの生活スタイルには合っているし、年間に結構な距離を走る身としては、燃費や維持費を含め、何より経済的なのが一番として気に入ってはいる。まぁ、狭小な我が家のキチキチのガレージにマセラティなんか停まっていても、何だか『無理して乗ってる感』が丸出しになりますから…。

 多分にやっかみが含まれているのは否めないけれど、せっかく高級車に乗っていても『無理して乗ってる感』が出てしまった時点で、一転して貧乏臭さが漂ってしまうような気がする。我が家よりキチキチのガレージにハマーが停まっているのを見たときには、ドアは開かないから、きっとハッチバックから乗り降りしてるんだろうな~と思うと、もうそこには気の毒さしかなかった…。回転寿司にさっそうとベントレーで乗り付ける人を見たときも、駅前でアストンマーチンに無理矢理ママチャリを積もうとしている人を見たときも、ランボルギーニで余所より少しだけ安いコインパーキングの空車待ちをしている人を見たときも、フェラーリのルーフに布団やら衣装ケースを縛りつけて、引越しをしている人を見たときも…。

 根っからの車好きで、生活費を切り詰めて切り詰めて、やっと憧れの車を手に入れたってのも素敵なことだと思うけれど、超高級車を『無理して乗ってる感』なく格好良く乗るためには、車体の購入金額より何より「お寿司が回るってどういうこと?」ってくらいハイソな生活を維持するだけの経済力がないとダメなんだろうな~。やっぱり背伸びせずに、自分の生活設計に合った車を選ぶのが僕には一番。 まぁ、何を言っても結局のところ、乗れるだけでも羨ましい…ということで。僕の車では民宿には行けても、高級ホテルの車寄せには乗り付けられないもの…。
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by ajicoba | 2011-12-08 18:40 | エッセイ
タオルの歴史
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 洗濯物を干しながら思う。世の中の人達って、わざわざタオルを買うんだろうか? よくよく考えて、思い出そうとするけれど、あらたまってタオルを買った記憶がない…。でも、どういう訳か、家には一度には洗濯できないくらい大量のタオルがある。旅先の温泉地などで買ったり、贈答品や粗品として直接貰ったモノも少しはあるが、ほとんどは、どういう経緯でこの家に至るのか?が、わからないタオル達ばかり…。 まぁ、大抵は実家から貰って来たタオルだろうと思うけれど、生まれ育った実家にしても、揃いのタオルを何十枚もあつらえたりするような、ハイソな家柄ではなかったので、ますます話がややこしい。実家のタオル達も、何処かで誰かに貰ったモノや、誰かが誰かに貰ったモノ、祖父母・親類宅からの寄せ集めである。そして、うちの家系からすると、かつて祖父母・親類宅にあったタオル達も、これまた、何処かで誰かに貰った寄せ集め…。それらが巡り巡った末に、『○○町自治会発足記念』って、聞いたこともない地名がプリントされたタオルや、『昭和○○年度 ○○学区体育祭』って、デッドストックのヴィンテージタオル、そして、全く知らない人の名前が書いてあるタオルが、うちのクローゼットに収まっている。『ヤスオ』って誰だ?
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by ajicoba | 2011-10-21 18:45 | エッセイ
肩身が狭い
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 男って肩身の狭い思いをする場面が多いんです。汚い話でごめんなさい…。例えばトイレの話です。男性用のトイレって、誰がどういう了見で設計したのか、小便器が外から丸見えだったりします…。まぁ、何も好き好んでわざわざ見る女性もいないだうし、別段、見られて困るようものでもないけれど、中には見たくない景色を見てしまう女性もいる訳で、見られることより『見えたら申し訳ない』って、何だかよくわからない罪悪感を抱えながら、隠れるようにコソコソと用を足すことになります。

 とは言っても、トイレが男性用・女性用でちゃんと別れているところは、まだマシなほう。飲食店とかで男女兼用の場合には、もっと困ります。トイレに入ろうとしたときに、ちょうど中から女性が出て来たりすると「えっ!? すぐ後に入るの? やっらっしぃ!」みたいな顔をされるし、用を済まして出ようとしたときに、ちょうど女性が入って来たりすると「えっ!? ウ○コじゃないでしょうね? 汚ったねぇ!」みたいな顔をされるし…。

 混んでいて、トイレ待ちの女性達の列に加わるときなんて、もう最悪です。「やっらしぃ!」と「汚ったねぇ!」の板挟み。これまた、何だかよくわからない罪悪感を抱えながら、居場所なく列ぶハメになります。まるで、婦人下着売り場の試着に列んでいるような心持ち。これはもう、半目になって気絶するしかありません。

 なので、トイレ前に女性達が列んでいるときは、空くまで遠くで様子を伺うか、どうしてものときは、近くのコンビニなどに借りに行くようにします。まぁ、行った先のトイレも男女兼用ってことだって、ままあるんですけどね…。

 一度、トイレが空くのを気絶しながら待っていたら、前に列んでいた女性が「お化粧を直したいんで、お先にどうぞ」って言ってくれた。どうやら、僕が一番後ろだったので、僕を先に行かせたほうが、ゆっくりお化粧できるし、待たせずに済むって思ってくれたんだろう。順番を譲ってくれたのは本当にありがたいんだけど、その代わり、できなくなっちゃったんだよね…。実は大きいほうがしたかったのに…。親切な女性に「いえいえ、多分、僕のほうが時間掛かりますから」とは言えないもの…。
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by ajicoba | 2011-10-15 00:23 | エッセイ



アジコバの考える毎日
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